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『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020)

 このタイトルに煽られて、血気盛んな暴力的な映像を見たいと思った向きもあるだろうし、私もそのクチである。しかし劇中には笑顔を見せる三島由紀夫と討論に聴き入る東大全共闘があった。確かに切迫していたその空間に、どういった空気が渦巻いていたのだろう。

 

個人的なドキュメンタリーの面白さのポイントに、「素材が信用できない」という性質がある。何が「リアル」かを自分で吟味してみる、仮説を立ててみるというのが面白い。(こんなことを書くと失礼極まりない話だが、芥氏という人物(キャラクター)が実在するのかどうかということも信用できない)

 

冒頭からこの討論会の後に三島が自決することが語られ、どういう心境でいたのかというところが自ずと思考してしまう。インタビュイーの一人でもあった内田樹氏は地震のブログで語っている。「三島はそのクーデタに加わる同志を「リクルート」するために東大に乗り込んできたのである。」

 

この仮説を下敷きにもう一度あの討論会を再考してみると、なるほどしっくりくる点が多い。三島の学生に向ける態度や、木村修氏を電話口で口説こうとしたことなど。そしてまた一方で東大全共闘が望んでいたのも果たして三島を打ち負かすことだったのだろうか。

 

もう一点、私が一番感銘を受けたシーンの言葉を引用する。

 

「今、天皇ということを口にしただけで共闘すると言った。これは言霊というものの働きだと思うのですね。それでなければ、天皇ということを口にすることも穢らわしかったような人が、この二時間半のシンポジウムの間に、あれだけ大勢の人間がたとえ悪口にしろ、天皇なんて口から言ったはずがない。言葉は言葉を呼んで、翼をもってこの部屋を飛び廻ったんです。この言葉がどっかにどんなふうに残るか知りませんが、私がその言葉を、言霊をとにかくここに残して私は去っていきます。」

(三島由紀夫・東大全共闘、『美と共同体と東大闘争』、角川文庫、2000年 より引用)

 

 

 以上の引用の著書です。

美と共同体と東大闘争 (角川文庫)

美と共同体と東大闘争 (角川文庫)

 

 

 

 吉田大八監督による三島由紀夫文学の映画化。悪い意味ではなく、吉田大八イズムの方が濃く出ている。

美しい星

美しい星

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